私に戻ってゆく

ずっと今まで訳が分からず必死で生きていた。

どうしてあんなにも必死だったんだろう。

自分の恥ずかしくて醜い姿をさらけ出すのに抵抗はあったのに。

被害者意識を持つのは嫌なのに、やっぱり、何も分からない幼い私をみんなで利用したという気持ちになる。

周りの大人たちはすごく厳しかった。

褒められた記憶があんまりない。

必死になることを求められた。

すごく怒られた記憶があって、自分も怒られたし、周りの人が怒られるのも見て必要以上に学習した。

時間を守ること、忘れ物をしないようにすること、その人が気に食わなかった理不尽なこと。

いつも怒られるのが怖くて、否定されるのが怖くて、大人たちや周りの人たちの顔色をうかがって、適応できるようにエネルギーを使って必死に生きていた。

ずっとその中で生きてきて、躁鬱病にもなって、もっと自分がわからなくなった。

勉強も頑張って割と頭のいい大学に行ったけど、みんなと同じようには働けないと思ったからエンジニアの勉強をしてなった。

友達はみんな大企業に就職した。

一生懸命生きてきた。

報われたことはない。

うまくいっても自分の望むことではなかった。

躁状態の時の自分を思い出すと、自分だと認めたくない気持ちになる。

過去の自分すべて、自分だと認めたくない。

喉が苦しくなる。

涙が出るのは、それがストレスだからだと最近本で読んだ。

過去を思い出すのはとても自分にとってストレスなのに、たまにこうやって思い出してしまう。

必死だったのは、自分を認めてほしかったから。

認められたい、というか、

自分には価値があるんだとわかりたかった。

そう信じたかった。

そうだと教えてほしかった。

自分の心を大切にしようとしても、体を大切にしようとしてもできなかったのは、自分に価値があるということをわからなかったから。

今日は昔、妹が自分のリストカットの跡を見て泣いたことを思い出した。

その時はなんで泣いたのかわからなかったけど、今日はじめてわかった。

 

いつも許されたいと願う。

許してほしいという気持ちになる。

 

全部自分だった。

認めたくないのは、苦しいから。

悲しいから。

無駄だと思いたくないから。

重度の鬱になった時は苦しかった。

その頃はお金もあったし、人間関係で悩みもなかったけど、生きていることが苦しかった。

でも、自殺しなかった。

未遂も。

まだやらなきゃいけないことがある、という感覚がうっすらあった。

今もそんな気持ち。

誰も悪くなかった。

自分もみんなも未熟な人間だったから。

人生は修行で、だからこそ美しいものであるけど、悩みは尽きないし、難しい問題が起こるし、辛い出来事も経験する。

これが私の宿命。

逃れられない運命だった。

それだけ。

私はもう一度、未来に希望を見出そうと思う。

生まれ変わりたい。

本当の自分に戻っていきたい。

少しずつ、自分がわかるようになってきたと思う。

私は、自分が価値のある人間だと理解できるようになった。

誰も私の才能と未来を信じなくても、私は絶対的に信じる。

 

「頭の中で広がる音楽と映像をそのまま形にして、世界中の人に見てもらいたい。」

私がこの地球に生まれてきたのはこの夢を叶えるため。

私は芸術家として生きていきたいんだ。

LAVIN AYAKO