永遠を知った日
永遠を知った日
夕焼けってなんであんなに美しいのだろう。
沈んでゆく夕陽が眩しくて思わず目を細める。
どんなに記憶が薄れ、忘れ去ってしまったとしても、愛された感覚はいつまでも私の中に残り続けるみたい。
その感覚が呼び起こされる度に、私はどれだけ愛されていたのか思い出す。
私たちはもう二度と会えない。
でもあの愛はまるで地球の周りを回る月のように、彼と私の周りを漂い、見守り続けるのだと思う。
きっと、それは永遠に。
出会った日
2020年10月5日、月曜日。
とてもよく晴れた秋の日。
私は表参道のオフィスでいつものように働いていた。
社会人一年目でようやく一人で仕事を任せてもらえて慣れてきた頃だった。
その日はいつもより早くお腹が空いたため、少し早めにオフィスを出て、お弁当を買いに行くことにした。
オフィスの近くにはいくつかキッチンカーが出店しており、その日はエイベックスビルの前のキッチンカーでお弁当を買うことにした。
並んでいると、突然後ろから声をかけられた。
「ここのお弁当って美味しい?」
振り返ると、ビシッとスーツを着た、40代くらいに見える外国人の男性が立っていた。
コロナ禍で皆がマスクをしていたため、顔ははっきりとは見えなかったけど、彼のスラッとした姿と優しい声が印象的だった。
「美味しいですよ」と返した。
私たちは並んでいる間、仕事や趣味の話をした。
彼はヨーロッパ出身らしく、人々のマネジメントすることが仕事だと言っていた。
お弁当を買い終わった後、彼にランチに誘われた。
私はなんとなく彼に興味を持ち、彼の誘いを受け入れ、連絡先を交換した。
恋に落ちた日
次の日、私は12時半に表参道のグッチのお店の前に行った。
彼はすでに待っていてマスクを外していた。
やっぱりマスクを外すと印象が変わり、心の距離が近づくのを感じた。
彼はグッチの隣にあるカフェ&ダイニングゼルコヴァを予約してくれていた。
少し緊張したけど、テラス席での食事は楽しかった。
彼は優しくて、私たちはとても穏やかな時間を過ごした。
次の日のお昼休みも一緒にランチした。
その日はブレッツカフェ クレープリー表参道店に連れて行ってもらった。
すごく美味しかったのを覚えてる。
食事と会話を楽しんだ後、彼から月曜日のディナーに誘われた。
彼と喋るのはすごく楽しいからオーケーしたけど、会うのはこの日でやめようと思った。
彼は私のことが好きなんだって思ったから。
でも私はその気持ちに応えられそうにないと思った。
年が離れすぎていると思ったから。
10月12日、19時半。
私たちは待ち合わせをして、彼が予約しておいてくれたしゃぶしゃぶ 山笑ふ 表参道店に行った。
少しお酒を飲み、かなり楽しく会話した。
すごく盛り上がった。
すると突然「君の夢は何か?」と聞かれた。
少しびっくりした。
当時の私にはそんな夢とかなくて、でもストーリーのあるアニメーションを作りたいって少し思っていたからそのことを話した。
そしたらすごいって言ってくれて、そのために行動しないとねって言われた。
彼はこれまでいろんな夢を叶えてきたみたいだった。
彼はとある会社で社長をしていることを知った。
すごいなって思った。
私も夢を叶えたいなって思った。
食事も終わり、私たちはお店を出ることになった。
私は楽しかったけど恋愛って感じじゃないなと思い、帰り際にもう会うのを終わりにしたいことを伝えた。
そしたら彼はすごく必死な顔で私を引き留め、手の甲にキスした。
「お願いだから、もう一度考え直してほしい」
私はそれが忘れられなかった。
その次の週のいつかのお昼休み。
私はエイベックスビルの正面にあったベンチに座ってお弁当を食べていた。
彼が来たりなんてして、と思いながら。
でもお昼休みはお互い決まった時間にとっていなかったから、会えるわけないかと思っていた。
そしたら、彼が来たんだ。
彼は私を見て両手を広げながら
「Destiny!!!」
と言った。
私はなんだか嬉しかった。
なんで周りにあんなに人がいたのに素直に嬉しかったんだろう。
私たちは少しの間同じベンチに座って会話した。
彼はリンツのチョコレートをいっぱい持っていて、そのうちのいくつかを私にくれた。
私たちは仕事に戻り、私はチャイティーを飲みながらもらったチョコレートを食べた。
私はこの日恋に落ちた。
愛を知った日
私たちが出会った日、彼は仕事でタクシーに乗っていて、エイベックスビルの前を通る時に私の後ろ姿を見て、話しかけに行かなきゃと思ったんだと言っていた。
電気が流れるようなそんな感じだと言っていた。
彼はタクシーの支払いを急いで終わらせ、キッチンカーに並ぶ私のところまで早足でやってきたみたい。
顔も見ずにそんなことあるんだと思った。
私は嬉しかった。
私は彼と恋に落ちてから、彼のことがとても大好きになった。
とても早いスピードで好きになってしまった。
そうやって私たちは恋人になった。
それからの私たちは輝いていた。
人生で一番輝いていた。
一番幸せだった。
眩しすぎて目を細める、そんな恋。
彼のことを愛していた。
心から。
私たちは海に行った。
私の大好きな海。
彼も海が好きなんだって。
三浦の海はとても美しかった。
晴れた日で、人もあまりいなくて、二人だけの時間を過ごした。
私たちは海辺を歩いた。
そして少し離れたところにある丘に登って、心地よい風を感じながら彼の膝の上に頭を乗せて横になった。
幸せだったなあ。
私たちは最後に海の見えるレストランに入り、海辺で拾った貝殻を彼の両目に乗せて笑ったりビーフシチューパイを食べたりししながら楽しい時間を過ごした。
夕日がとても眩しかった。
彼が運転する車に乗って家まで帰った。
私たちは平日のお昼休みにランチデートをしたり、土日に会ったりしていた。
よくランチデートで行っていたお店は、THE AOYAMA GRAND HOTELと青山まんぷく。
まんぷくの方がよく行ったかな。
すごく二人のお気に入りのお店だった。
夜にもデートをした。
彼はいろんなところに連れて行ってくれた。
おしゃれなバーやレストラン。
帰り道、少し酔っ払いながら夜道をはしゃぎながら歩くのが好きだった。
軽井沢に旅行も行った。
自然が美しかった。
彼はいつでも喋りっぱなしで、目に見えるすべてのことに反応して、その美しい木々や花々の素晴らしさを私と共有したがった。
幸せだった。
私が「私たち映画みたいだね」って言ったら彼は「映画以上だよ」と言った。
「人生は美しい夢そのもの」
彼はよくそう言っていた。
私たちはよく喧嘩もした。
お互いに言い合いになることもあったけど、そのほとんどが私が一方的に怒りをぶつけるというものだった。
だって彼自己中だったんだもん。
でも彼曰く、ヨーロッパに住んでる人の方が自己中で、自分はそれほどでもないと言っていた。
彼のことで感情が激しく上下することも多かったけど、それでも彼に夢中だった。
何より彼といるときに感じる幸せが大きすぎた。
今までの人生、辛いことが多かったから初めて知るこの感覚に感動した。
彼はよくお花をプレゼントしてくれた。
バラ、ガーベラ、チューリップ。
とても嬉しかった。
花瓶も一緒に買いに行ってくれて、いつもその花瓶にお花を飾っていた。
彼の愛だった。
私たちは毎日連絡を取り合い、平日も休日も会いながらお互いに愛を伝え合っていた。
この感覚が愛なのだと。
大好きとはまた違う感覚。
私は愛が何なのかずっと知らないで生きていたんだ。
ありがとう。
夢を見つけた日
「君の夢は何か?」と聞かれたことがなんとなく私の心に残っていて、私は昔音楽をつくっていたことを思い出した。
それを聴いてみたんだ。
そしたらその曲たちがすごく輝いているように感じた。
私は大学時代に双極性障害になって大学を1年休学し、その時に音楽も何もかもをやめた。
音楽に興味もなくなって聴くことすらしなくなった。
でも必死に曲をつくっていたことを思い出した。
双極性障害の症状が良くなってきてアニメーションを作りたいと思ってけど、私の魂はきっと音楽がしたいのだと思った。
ある日、彼に昔つくった曲を聴いてもらった。
それを聴いた彼は私に音楽をするべきだと言ってくれた。
「君はスター」だと。
すごく嬉しかった。
なんで忘れていたのだろう。
あんなに好きだった音楽を。
私は彼の曲をつくることにした。
「君の愛には敵わない」という曲。
君の愛には敵わない
君に会えた
奇跡みたい
神様からの贈り物
心から愛しているよ
でも君の愛には
愛には敵わない
とってもシンプルな歌詞を書いた。
ストレートな気持ちを伝えたかったから。
これ以上の言葉が見つからないと思った。
私の大好きな歌詞。
私がこの曲を彼の前で歌ったとき、彼は泣いていた。
彼の傷が癒えてほしかった。
彼はたまにとても苦しそうだった。
私はいつもどうしたのか聞くけど教えてくれなかった。
実は奥さんがいるのか、子供がいるのか、病気なのかって考えた。
彼は今まで誰からも愛されたことがないように思えた。
だから家族を持ってるとかじゃないだろうなって思った。
私は彼が病気なんじゃないかと思った。
死についてよく話題に出していたから。
いつか話してくれたときに、このどれであっても受け入れようと決めた。
彼を知った日
2021年7月、4連休があった。
私はいつもと同じように彼と会うと思っていた。
でも会えなかった。
私はすごく不満でなんで会えないのか問い詰めた。
電話でかなり怒った。
今までも会いたいと思ったときに会えないことがあったから、それもあって強く怒ってしまった。
彼は次会うときにすべて話すと言った。
すべて話す、というのがすごく怖かった。
ついにその日が来た。
彼が私の家に来た。
彼は今まで私に言えなかったことを教えてくれた。
奥さんがいること、子供がいること、ALSという病気であること。
3つすべてだとは思わなかった。
驚きと悲しみで声を上げて泣いた。
覚悟していても辛かった。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気についてはなんとなく知っていた。
体を動かすのに必要な筋肉が徐々に痩せて力がなくなっていく病気。
彼は最後に誰かに愛されたかったのだと言っていた。
彼を責めることはできなかった。
私は家族の写真が見てみたいと言い、彼は見せてくれた。
奥さんと3人の子供、そして彼。
彼にはちゃんと家族がいたんだ。
辛かった。
彼も私と同じようにひとりぼっちだと思っていたのに。
私が彼の家だと思っていた場所は彼の仕事場だった。
彼は職場の近くに仕事場を持っていた。
一人暮らし用の広い部屋だった。
だから気づけなかった。
彼は私と付き合っていたとき、とても感情豊かだと思った。
私も双極性障害でいろんな感情を深く感じる人間だからすごく似ているなと思っていた。
彼もそれが私たちのいいところだと言っていた。
でも彼が感情的なのはALSの症状だった。
彼があんなに愛してくれたのも、自分がもう長くはないと知っていたからなのだとわかった。
私は彼が妻子持ちであると知った以上、彼に触れてはいけないと思った。
私に彼を愛する権利はないのだと。
話が終わって、私たちは別れることになった。
彼は一緒にいたがった。
私も別れたくなかったけど、別れようと言った。
彼に奥さんとまた愛し合って欲しいと思ったから。
それが彼にとっての一番の幸せだと、そう思ったから。
そう願ったから。
私も彼も涙が止まらなかった。
最後に玄関でキスをした。
ごめんなさい。
神様に許してくださいと願い求めた。
二度と会えなくなった日
彼と別れてから二ヶ月くらい経ったある日。
私はさみしくて彼に連絡してしまった。
そこから私たちはお昼にランチを食べるだけの関係になった。
手も繋がない、でも前より心が繋がっている気がした。
彼は今まで話してこなかったことを話してくれた。
私は友達みたいな関係になれるんじゃないかと期待した。
でも無理だった。
私たちが会話しているとき、見つめ合う目は恋人そのものだった。
気づいていた。
でもなんとか一緒にいたかった。
2022年3月7日。
彼が私の家に来ることになった。
私はそれを承諾してしまったけど、不安だった。
別れてから家で会ったことはなかったから。
彼はタクシーで私の家の前まで来た。
私は家の外に出て彼を迎えようとした。
でも彼がタクシーを降りたそのとき、彼は段差に躓いてこけてしまった。
私の数メートル先で。
この頃、すでに彼は体が思うように動かせなくなっていた。
だからこけるとき、両手を前に出すことができなくて顔を守れなかった。
彼の顔からは血が流れ、私はすぐに救急車を呼んだ。
彼は病院で奥さんに迎えに来てもらうと言い、救急車に運ばれて行った。
私は部屋に戻り、ずっと泣いていた。
目の前で倒れるところを見たから、それが頭の中で繰り返し再生されて怖かった。
私のせいだと思った。
彼が今後こういうふうに倒れたり落ちたりして命を落とす想像をしてしまい苦しかった。
彼は私と会いたくて会いたくて仕方なかったと言っていた。
私もそうだった。
でも私はもう彼と離れなければならないと感じた。
もう連絡もとってはいけないし、会ってもいけないのだと感じた。
私は最後に
今までありがとう。
もう本当に別れよう。
もう連絡を取るのもやめよう。
私は前に進まないといけない。
さようなら。
と送った。
とても辛かったけど、これが正しい選択だとわかっていた。
彼は、
Yes 🌸 thank you for everything 🌸🌸🌸
Have a beautiful life
You deserve it 🌸🌸🌸
と送ってくれた。
これが私たち最後のメッセージのやりとり。
2022年3月13日のことだった。
夢が叶う日
2024年になって双極性障害の症状との向き合い方もわかってきて、ようやく自分のやりたいことができるようになってきた。
夢を追いかけてみたいと思った。
私は「スター」になれるかな。
私は輝きたい。
輝くことを諦めたくない。
いつか彼に私の輝く姿を見せたい。
見てくれたらいいな。
彼と別れていろんな人と恋愛した。
あの愛が欲しかったんだと思う。
でもあのような恋愛はそんなに簡単にできるものではないのだと知った。
それでも一生懸命その時々の恋人と向き合ってきたつもり。
いつかまたああいう風に愛したいし愛されたい。
それまでは宝物として心にしまっておくよ。
2024年8月23日
2025年3月2日